値引きに頼らず受注するために、営業と顧客の「共創モード」をつむぎあげる

「…では、本日中にご決断いただけるのであれば、特別に10%お値引きします」
営業のクロージング、その最終局面。お客様の「少し、検討させてください」という一言を恐れるあまり、つい、この“伝家の宝刀”を抜いてしまってはいませんか?
これは、これまで企業の営業担当者をご支援してきた中で、嫌というほど目にしてきた光景です。決断を先延ばしにしようとするお客様に、「今決めるメリット」を提示しようとすると、最も安易で、最もわかりやすいのが「値引き」なのです。
断っておきますが、値引きが絶対的な悪だと言うつもりはありません。戦略的に必要な場面もあるでしょう。しかし、「値引きでしかクロージングができない」のだとしたら、それはあなたの会社にとって、致命的な弱点です。
この記事を読めば、なぜお客様が「検討します」という保留の壁を作るのか、その心理的な構造を理解し、値引きに頼らず、むしろお客様の方から「ぜひ、あなたと一緒に進めたい」と願うようになる、本質的なアプローチがわかります。
月末の攻防戦。安堵のため息の裏で、静かに消えていく利益
月末、営業部のオフィスには、重苦しい空気が漂っています。今月の売上目標達成まで、あと一件、どうしても契約が欲しい。あなたは、先日から交渉を続けているA社の担当者に、最後の電話をかけます。
「大変素晴らしいご提案なのですが、やはりこの金額では、今すぐの決裁は難しくて…」
相手の、申し訳なさそうな、しかし、どこかこちらの出方を探るような声。あなたの頭を、悪魔のささやきがよぎります。「ここで値引きをすれば、目標は達成できる…」。
あなたは、逡巡の末、その言葉を口にしてしまいます。「…わかりました。今回限り、A社様だけ特別に…」。
電話を切った後、目標達成の安堵感とともに、ほんの少しの後味の悪さが残る。本来得られるはずだった利益、そして、「価格」でしか勝負できなかった自分への不甲斐なさ。この小さな罪悪感の積み重ねが、会社の体力を静かに、しかし確実に奪っていくのです。
お客様はなぜ、契約の直前で「保留」するのか?
そもそも、なぜお客様は、契約の一歩手前で「保留」という選択をするのでしょうか。クロージングの直前まで、ある程度は前向きな反応を示してくれていたはずです。そうでなければ、そもそも提案の最終局面にまで至ることはありません。
そこには、お客様の心の中で起こる、ある劇的な「心理的転換」があります。
それまで、「このサービスは自社の役に立つかもしれない」というポジティブな感情で満たされていたお客様の心に、クロージングという「決断」を迫られた瞬間、全く逆のベクトルを持つ感情が、突如として湧き上がってくるのです。
「ここで決めて、本当に損はしないだろうか?」
「もっと良い選択肢が、他にあるのではないか?」
「もし失敗したら、後戻りはできない…」
この「不利益を被ることへの恐怖」が、お客様の足を止めさせます。では、なぜ、この恐怖が生まれるのでしょうか。
私は、その根本原因を「お客様が、営業担当者であるあなたのことを、100%の“味方”だと思っていないから」と分析しています。
考えてみてください。もし、目の前の人間が、自分の成功を心から願い、どんな時も自分の利益を最優先してくれる、絶対的な「味方」だと信じることができたなら、そこに恐怖や不安が入り込む余地はないはずです。
お客様の心の中に、「この人は本当に自分の味方だろうか?」というメーターがあると想像してみてください。商談が盛り上がっている時、この「味方メーター」の針は高く振れています。
しかし、お客様が「検討します」と言う、その直前の瞬間、このメーターの針は、必ず少しだけ下がっているのです。「味方メーター」が最高潮に達したまま、「ちょっと待ってください」と言う人はいません。
この、ほんのわずかなメーターの低下。その瞬間に生まれた心の隙間に、「恐怖」や「不安」という感情が忍び込んでくるのです。
値引きを捨て、「共創」という名の武器を手にせよ
では、どうすれば、お客様の「味方メーター」を下げずに、むしろ商談が終わるその瞬間まで、右肩上がりに上昇させ続けることができるのでしょうか。その唯一にして最強の方法が、「共創」です。
「共創」とは、単に仲良くするということではありません。「お客様の目的達成のために、お客様と“一緒に”課題解決のプロセスを作り上げていく」という、具体的な行為を指します。
戦略①:「売る側」と「買う側」の境界線を消し去る
「私があなたに提案します」という立ち位置から、「私たちが、私たちの課題を解決するために、一緒に考えましょう」という立ち位置へと、自らの役割を再定義しましょう。
「提案」という行為は、本質的に売る側と買う側という対立構造を生みます。しかし「共創」は、両者を同じ目的に向かう一つのチームへと変える力を持っています。
お客様を単なる“判断する人”から、プロジェクトを前に進める“当事者”へと巻き込んでいくためのプロセスを作り上げるという、お客様と共に汗をかく、その行為自体が目的なのです。
お客様のゴール達成のために、一緒になって頭を悩ませ、知恵を絞り、具体的なアクションプランを描いていく。この純粋な「共創」のプロセスにおいては、お客様の「味方メーター」は、上がり続ける以外にありえないのです。
次回の商談で、「弊社のサービスを使えば、こうなります」と言う代わりに、「もし私たちがチームだとしたら、まず何から始めますか?」と問いかけてみましょう。
戦略②:値引きが「悪」である、本当の理由を理解する
値引きは、あなたが時間をかけて築き上げてきた「味方」という関係性を、一瞬で破壊する行為だと認識しましょう。
値引きは、「価格」という、営業とお客様の利害が相反するテーマをテーブルの真ん中に置く行為だからです。「安く買いたいお客様」と「高く売りたい営業」という対立構造を、自ら作り出してしまうのです。
「今決めてくれたら、安くしますよ」という言葉は、優しさのように見えて、実は冷たい一線を引く行為です。「決断が怖いあなた」と「メリットを提示する私」という、他人行儀な関係性を浮き彫りにします。
それは、「共創」とは真逆のベクトルです。共に作り上げてきたチームメイトに対して、「今決めてくれるなら安くするよ」などと言うでしょうか。言わないはずです。値引きは、お客様との間に、静かに、しかし確実に壁を作る行為なのです。
もしお客様から価格交渉をされたら、即座に「できます/できません」と答えるのではなく、「なるほど、価格がネックなのですね。その点をクリアするために、他に私たちが一緒にできることはないか、少し考えてみませんか?」と、対話のボールを返してみましょう。
戦略③:「契約を迫らない勇気」が、最高のクロージングになる
「契約」という自分本位のゴールを、一旦、脇に置きましょう。そして、ただひたすらに、「お客様の成功」という一点にのみ、意識を集中させるのです。
この逆説的なアプローチこそが、お客様の心から「この人は自分の都合で契約を迫ってくるかもしれない」という最後の警戒心を取り除き、「味方メーター」を100%に振り切らせるからです。
営業担当者の中には、「お客様に寄り添いすぎると、逆に契約から遠ざかるのではないか」と心配する人がいます。「お客様が『じっくり考えたい』と言ったら、それを尊重すべきでは?」と。
もちろん、尊重はすべきです。しかし、ここで問うべきは、「なぜ、お客様は“営業と離れて”じっくり考えたいのか?」ということです。それは、まだ心の中に、解消されていない疑問や不安が残っているからです。
本当に「共創」の関係が築けていれば、お客様は「一人で考える」のではなく、「この人と一緒に考えたい」と思うはずです。無理に決断を急かしたり、迫ったりすることは、お客様の心の安全を脅かし、「この人は味方ではない」という最終判断を下させるだけです。
「契約」を意識せず、本当にお客様のためだけを考えて行動する。すると、逆にお客様の方から「買いたい」と言ってくださる。多くのトップセールスが口を揃えて語るこの現象は、精神論ではありません。
「味方メーター」が高まり続けた結果として訪れる、極めて論理的な帰結なのです。
商談の終盤、「いかがでしょうか?」と判断を迫る代わりに、「今日の議論を踏まえて、次に私たちがやるべきことは何だと思いますか?」と、未来に向けた質問を投げかけてみましょう。
まずは「私たち」という言葉から始めよう
値引きという、安易で、しかし会社の未来を蝕む武器を、いつまで使い続けますか?
「共創」というアプローチは、小手先のテクニックではありません。お客様との関係性を、根底から再構築する、思考のフレームワークです。
もし、明日からの行動を変えたいと願うなら、まずはたった一つのことから始めてみてください。
それは、次回の商談で、主語を「私(営業)と、あなた(お客様)」から、「私たち」に変えてみることです。
「“私たち”の目標を達成するためには…」
「“私たち”にとっての、次の一手は…」
この、たった一言の変化が、お客様のあなたに対する認識を劇的に変え、値引きに頼らない、本質的な信頼関係への、大きな一歩となるはずです。
価格競争から抜け出し、「価値」で選ばれる営業組織へ
あなたの会社の営業は、お客様の「味方」になりきれているでしょうか?それとも、価格という武器でしか戦えない、ただの「業者」になってしまっていませんか?
お客様と揺るぎない信頼関係を築き、共に未来を創る「共創パートナー」になること。それこそが、これからの時代に求められる営業の姿であり、会社の売上と利益を、持続的に成長させる唯一の道です。
もし、
- 値引き合戦から脱却し、利益率の高い受注を獲得したい…
- お客様から「あなたから買いたい」と指名される、強い営業チームを育てたい…
- 本質的な信頼関係に基づいた、安定的な契約モデルを構築したい…
と本気でお考えの経営者の方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度ご相談ください。
トレテクでは、付け焼き刃のクロージング研修ではなく、お客様との関係性を根底から変える「共創」の思想と技術を、組織にインストールするお手伝いをします。
まずは、60分間の無料オンライン相談で、貴社が抱える課題や、目指したい未来について、お聞かせください。無理な勧誘は一切いたしませんので、ご安心ください。
また、日々の営業活動のヒントや、コンサルティングの現場からの気づきなどを、Instagramでも発信しています。よろしければ、こちらもフォローしていただけると嬉しいです。
あなたの、そして貴社の営業が、お客様にとってかけがえのない「味方」になるためのお手伝いができることを、心から楽しみにしています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。